イケムラレイコ 地平線の向こう側

Floating Orange Head, tempera and pastel on canvas, 50 x 60 cm © Leiko Ikemura 2007.

ジェームズ・ハリス・ギャラリーでは、国際的に活躍する日本・スイスのアーティスト、イケムラレイコの個展「地平線の向こう側」を開催いたします。イケムラは過去40年以上にわたり、絵画・彫刻・ドローイングなどのミクストメディアを用いて人間の状態の限界と深さを探求してきました。夢のようなイメージやモチーフといった独自の作風を生みだし、孤独や憧れ、実存の探求などの感情の核心に迫る世界を創り出しています。イケムラは日本と西洋の両方の文化に触れた経験を持ち、その作品は東は日本の画匠雪舟から西はフランスのポスト印象派画家セザンヌまで、様々な歴史と伝統からインスピレーションと影響を受けています。本展で展示される絵画・紙に描かれた作品・陶芸作品3点は自然や人間の姿を表現した、抽象的でありながら表現豊かな作品であり、形而上の世界へと心を誘うシンボリックな意味あいが強調されています。

イケムラの作品は世界各地の人間創造の神話や伝説からインスピレーションを得ています。人間の「帰属への欲望」が反映されており、20代前半に日本からヨーロッパに移住し芸術制作を行ってきた作家にとっては身近な体験と言えるものです。大規模な絵画作品《ツァラトゥストラ I》では山あいの風景のなかに炎に燃えているように見える木が描かれており、そのオレンジ色は麻布ににじみ出るほどの薄めた顔料で描かれています。前景には幽霊のような人物が潜んでおり、その流動的なフォルムは風景に溶け込んでいます。ニーチェの「ツァラトゥストラ」は人類の原初的な始まりから「超人」への進化までを描いた物語ですが、イケムラはドイツの哲学者によって書かれたこの19世紀の西洋の著書を夢のようなイメージで表現し、観る者を時間の外の詩的な空間へといざない、人類が常に打ち勝ち進化し続けようとするプロセスを探ります。

第一展示室に展示される陶製作品は抽象化された女性の不完全なかたちをもち、身体から断絶した頭部や頭のない身体を抱きかかえています。心と身体の断絶や読み取りにくい顔の表情の曖昧さはこの作品をアーキタイプや心理的な世界へと連れて行きます。ブロンズ作品「ミコの頭」が象徴しているイケムラ自身の芸術的衝動は、特定の思想や形を伝えようとする意志ではなく、むしろそれらを導いてくる水路のようです。ミコとは巫女、神社に仕える女性や霊媒を意味し、イケムラの創作を動かす目に見えない力を具現化した形象です。浮遊する頭部はイケムラの作品に共通したテーマでもあり、絵画作品の「浮かぶオレンジ色の頭部」と同じく中間的な状態や想像の世界を表現しています。眠っている人物のドローイングも同様に、イケムラが内面性や無意識といったものへ畏敬の念を抱いていることを示しています。

第二展示室における一連の少女画と動物画は1980年代から1990年代にかけて日本の大衆文化が扱ってきた幼稚さへのイケムラの反応を表したものです。カワイイというカルトやうんざりするほどの可愛さがフォーカスしているのは無邪気で無防備な存在としての小さな少女や動物のイメージであり、大人の欲望の不条理なパロディとしてフェティシズム化されたものです。本作でイケムラは少女のイメージを用い、情緒を排した何もない黒い背景の中に配置しなおしています。フェティシズム的解釈から解放された少女たちはすべるように時空を浮遊しているかのようです。弱々しい魂やゴーストを意味する日本的な概念「幽霊」が思い起こされます。

イケムラの興味は個人的かつ普遍的に理解されている人間の経験についてより深い真実を明らかにすることにあります。神話的な風景や象徴的なかたちを描くことでイケムラの作品は特定の文脈から切り離されます。地球に縛られた現実を不安定化させることで、原始的な歴史に満ち心理的な経験と共有された純粋な感情と内なる真実の世界へと超越してゆくことができます。イケムラの興味はさらに、物事の端緒や中間的な状態、現実と想像・かたちのあるものとないもの・自己と他者の間の曖昧な境界線へと向けられています。風景と純粋な抽象の中間に位置する絵画「地平線」のように、彼女の作品では「変容」ということが探求されています。それはある状態を克服して別の状態に生まれ変わるまでの中間的な場所であり、あるいはニーチェの言う超人のようなものとも言えるかもしれません。

イケムラレイコは日本・津市生まれ、21歳でヨーロッパに移住しました。当初はスペインに渡り、文学とセビリアの美術アカデミーで絵画を学びました。80年代初頭にはスイスに渡り、グループ展で作品を発表するようになります。1983年、ボンで初の大規模な個展を開催しドイツでのキャリアをスタートさせました。ドイツにはその後居を移し、現在もドイツに在住して創作を続けています。1992年から2015年にはベルリン芸術大学で絵画の教鞭を執りました。イケムラの作品は数多くのカタログや書籍に収められており、ポンピドゥー・センター内国立近代美術館(パリ・フランス)、バーゼル美術館(バーゼル・スイス)、レントス美術館(リンツ・オーストリア)、国立近代美術館(東京・日本)、国立国際美術館(大阪・日本)などの国際的に著名なパブリックコレクションに収蔵されています。またヨーロッパやアジア各地で多数の展覧会が開催されており、近年ではネバダ美術館でも展示を行いました。現在はケルンおよびベルリンに在住、制作を続けています。

オープニングレセプション:
2017年9月7日(火)午後6時〜8時

 

James Harris Gallery(ジェームズ・ハリス・ギャラリー)
604 2nd Ave.
Seattle, WA, 98104

Phone: 206-903-6220
開館日時:火曜日 要予約、水曜日〜土曜日 午前11時〜午後5時

mail@jamesharrisgallery.com

 

出典: http://www.jamesharrisgallery.com/2017/08/leiko-ikemura-the-other-side-of-the-horizon